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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)1819号 判決 1988年11月25日

主文

被告に原告に対し、金一二一万円及び内金一二万円に対する昭和五九年一〇月四日から、内金一〇〇万円に対する昭和六二年一二月五日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを四〇分しその一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

(原告)

一  被告は原告に対し、金三二六七万三〇〇〇円及び内金一七六七万三〇〇〇円に対する昭和五九年一〇月四日から、内金一五〇〇万円に対する昭和六二年一二月五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の土地(以下「原告所有地」という)と同目録二記載の土地(以下「被告所有地」という)との境界に沿って、別紙落盤防止擁壁設置詳細図のとおり、崩落危険崖部を削除して鉄筋コンクリート造擁壁を設置せよ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  仮執行宣言。

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者双方の主張

(請求原因)

一1  原告の先代は、昭和二〇年ころ、富田某から別紙物件目録一記載の土地(以下「原告所有地」という)及びその地上の建物(以下「本件建物」という)を買い受けた。

原告は、昭和三一、二年ころから、本件建物に居住し、又その後先代が死亡したため相続により、原告所有地及び本件建物の所有権を取得した。

2  被告は、昭和五二年一〇月、富田某から、別紙物件目録二記載の土地(以下「被告所有地」という)を譲り受け、以来本件土地を占有している。

二1  被告所有地は、山地である。原告所有地は、被告所有地の西側裾崖部に隣接して存在し、その西側は旧県道池田・篠山線(以下「旧県道」という)に面している。

2  原告所有地は、山地の旧県道に沿った裾部分を削り取って平地化して宅地としたものである。そのため被告所有地のうち、原告所有地に面した部分(以下「本件傾斜地」という)は崖となっている。

三1  昭和四九年初旬、旧県道の西側を南北に流れる野尻川(猪名川支流)の河川改修工事用の材料として、被告所有地の山地崖を削り取って砕石が採集された。

2  その直後から本件傾斜地を含む被告所有地西側部分の崩落が始まり、

(一) 昭和四九年三月五日には、被告所有地の崖が崩落し、土石流が旧県道にまで流出するとの災害が発生し、

(二) 昭和五六年一月三日、本件傾斜地が崩落し、大量の岩石や倒壊した松の大木が本件建物の二階の屋根や壁面に直撃して、本件建物が損傷した。

(三) 昭和四九年以来現在に至るまで、本件傾斜地では、たえず、崩落、落石が起り、原告所有地内には、常に、本件傾斜地から崩落した岩石が堆積する。

四1(一)(1) 本件傾斜地は、ほぼ直立した断崖状となっている。

(2) 本件傾斜地は、かなり昔に切り取られたもので、長年月を経て不安定化している。そして急斜面は、滑落崖(崩壊前線部)化し、上方へ向って伸展中であり、局部的にはU字形(すなわちオーバーハング)の大きな滑落崖を作っている。地表下平均二メートルの厚さにわたり節理がゆるみ、ブロック化した岩盤と崩積土によって構成されており、降雨時には、開口節理から地中へ雨水が浸透している。

(3) このように本件傾斜地は、崩落の危険の大きい個所である。

(二) そして本件傾斜地は、前記のとおり山地が削りとられた後の崖であって、土地の工作物であり、又本件傾斜地には竹木が生育している。

(三) 前項2の各岩石、土砂の崩落、大木の倒壊は、右土地の工作物の設置、管理あるいは竹木の栽植又は支持に瑕疵があったこと又はそれに準ずるものであるから、被告は原告に対し、民法七一七条一、二項により原告が被った損害を賠償すべきである。

2 仮に右主張が認められないとしても、

(一) 被告は、本件傾斜地が崩落の危険の大きい個所であり、かつたえず崩落や落石が起っていることを知っていた。即ち、

(1) 昭和四九年の崩落は、県道が通行不能となる災害であったから、地方公共団体である被告は、右災害を当然に知っていたはずである。

(2) 原告ら付近住民は、被告に対し、再三、本件傾斜地を含む付近一帯の山地の崩落の危険個所につき、善処方を要望していた。

(3) 又兵庫県知事は、昭和五四年から兵庫県下の危険地区の地質調査を実施し、本件傾斜地についても昭和五五年一月一七日から同年三月二二日までの間右調査が行われ、調査結果が報告されているが、それによれば、四項1(一)記載のとおりの報告がなされ、対策として表面のゆるんだ部分を切り取った後、擁壁を設置し、それ以上の風化、崩壊を押えると共に、排水工事を実施することが望ましいとされている。被告は、右調査報告の内容を充分知悉していた。

(二) 被告は、本件傾斜地の所有者として、崩落防止の処置をとり、原告やその家族の生命、身体、原告所有地、本件建物に危害が生じないようすべき義務があるのにもかかわらず、有効な防災工事を行わなかった。

(三) よって被告は、民法七〇九条により、原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

五1  前記昭和五六年一月三日に発生した本件傾斜地の崩落により、原告は、別紙損害金明細表一記載のとおり金六八一万三〇〇〇円の損害を被った。

2  昭和五七年一二月ころ、本件傾斜地から落下した岩石が、原告所者の障害者用自動車を直撃し、原告は、右自動車の損傷により同表二記載のとおり金八二万六〇〇〇円の損害を被った。

3  前記のとおり本件傾斜地ではたえず崩落、落石が起り、崩れ落ちた岩石や土砂が原告所有地に堆積するため、原告は、少くとも年三回土石を除去しなければならず、昭和五六年一月一日から昭和六一年一二月三一日までの間に右土石の除去費として、同表三記載のとおり金四八万円を要した。

4  原告は、右の各費用を賄うため、年金福祉事業団、銀行あるいは金融業者から金銭を借り入れ、そのため一か月金一三万二〇〇〇円の利息の支払いを余儀なくされ、昭和五六年九月から昭和六一年八月末日まで同表四記載のとおり合計金九五〇万四〇〇〇円を支払った。

5  原告は、本件傾斜地の崩落あるいはその危険により、生命、身体、財産への危害の危険にさらされ恐怖と不安の毎日も送っており、昭和五九年一月から昭和六一年八月までの間の原告の精神的苦痛を慰藉すべき額は、金一五〇〇万円を下らない。

6  原告は、本件訴の提起の準備のための出張費として、同表六記載のとおり金五万円を要した。

7  被告は、訴外富田某から被告所有地を取得した際、訴外富田の原告に対する不法行為に基づく損害賠償債務を承継した。

六1  本件傾斜地の崩落の危険が大きいため、原告の生命、身体に危害が生ずるおそれがあり、又原告所有地、本件家屋の所有権が侵害されるおそれがある。

2  これを防止するためには、別紙落盤防止擁壁設置詳細図のとおりの、崩落危険崖部を削除して鉄筋コンクリート造擁壁を設置する必要がある。

七  よって原告は被告に対し、主位的に民法七一七条一、二項により、予備的に同七〇九条により前記損害金三二六七万三〇〇〇円及び内財産的損害金一七六七万三〇〇〇円に対する不法行為日の後である昭和五九年一〇月四日から内精神的損害金一五〇〇万円に対する同じく昭和六二年一二月五日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い並びに人格権、所有権に基づき前項のとおりの崩落防止擁壁の設置を求める。

(答弁)

一1  請求原因一項1のうち、原告が古くから本件建物に居住していたこと及び原告が原告所有地及び本件建物を所有していることは認めるが、その余の事実は否認する。原告が、原告所有地を取得したのは昭和五四年九月一八日であり、本件建物を取得したのは昭和三八年一〇月一五日であり、いずれも売買によるものである。

2  同項2のうち、被告が被告所有地を取得した日は否認し、その余の事実は認める。被告は、昭和五二年九月一日、訴外富田重夫から、被告所有地の寄付を受けたものである。

二  同二項の事実は認める。

三1  同三項1の事実は認める。

2(一)  同項2(一)のうち、昭和四九年三月五日ころに被告所有地の崖が崩落したことは認める。

(二)  同項2(二)は否認する。本件建物に損傷を与える崩落が発生したのは昭和五三年一月三日である。

(三)  同項2(三)は否認する。

(四)  本件傾斜地の地質は、頁岩を主体とする古生層であり、岩石の細片が表面侵蝕的に剥落しているが、崩壊はしていない。又これも継続的に発生するものでなく、断続的なものである。

四1(一) 同項1(一)(1)(3)の事実は否認する。兵庫県が株式会社応用地学研究所に依頼して行った調査の報告書に、同(2)のような記載があることは認める。

(二) 同項(二)のうち、本件傾斜地が土地の工作物であるとの主張は争い、その余の事実は認める。

(三) 同項(三)は争う。

被告所有地は、自然の形態で、裾野部分において比較的なだらかな勾配であったが、昭和二五年ころ、原告所有地の利用者が右裾野部分を削り取ったため急勾配となったものであり、又竹木も自然に生育したものである。

したがって本件傾斜地は土地の工作物ではなく、生育している木も民法七一七条二項にいう竹木の栽植又は支持には当らない。

2(一) 同項2(一)のうち、(2)、(3)の事実は認め、その余は争う。

(二) 同項2(二)(三)は争う。

3(一)  被告は、昭和四九年の事故後、兵庫県知事に対して、状況を具申し、同県副知事名で、当時の被告所有地の所有者であった富田健治に対して、災害防止処置をとるように勧告せしめた。

(二)  又昭和五三年の事故後、同年五月から六月にかけて、被告所有地の立木を伐採して立木の倒壊を防止した。

(三)  そして被告は、兵庫県に対して、本件傾斜地付近の土質等の調査を依頼し、これを受けて、兵庫県は株式会社応用地学研究所に、災害危険区域を指定するための基礎資料としての地形、地質、地下水、区域の現況等についての調査を依頼し、同研究所によって、昭和五五年一月から同年三月にかけて、右調査がなされた。被告は、右調査の報告書を地元住民に回覧し、兵庫県の担当者の派遣を求めて地元説明会を開催し、災害危険区域の指定を受けるか否かについての意向を打診した。しかし地元住民が難色を示したため、右指定は実現しなかった。

(四)  又被告は、昭和五七年から昭和五八年にかけて、本件傾斜地を含む被告所有地の斜面に、落石防止のための金網張付工事を行った。

(五)  又原告らと被告との間で、昭和五九年一〇月から昭和六〇年二月までの間に係属した調停手続において、被告は、本件建物と崖との間に、地中埋込式のH型鋼を建て、それらを結合するコンクリート擁壁及び排水口を設置するとの案を提示した。これに対し、原告は、右工事方法を了承したものの、被告所有地を、右擁壁の中心点からGLにおいて二メートルの間隔が生ずるよう削り取ること、工事中の補償として金三〇〇万円、過去の損害賠償の一部として金五〇〇万円それぞれ支払うよう要求したため調停は成立しなかった。ところで原告主張のように岩盤を削り取ることは、莫大な費用を要するのみならず、かえって地盤に刺激を与え崩落の危険を増大させることとなり、むしろ具体的な地形に応じた擁壁を設置し、それに必要な限度で崖部を削り取ることが実際的であり有用なものである。このように有用な防災工事ができなかったのは、原告が、不合理な内容の工事や法外な金銭的要求をしたことによるものである。

(六)  本件傾斜地に生育する樹木は、自然に生育しているものである。

そして昭和五三年に伐採するまでは、自然現象のまま放置し、格別に人手を加えることはなかった。このような管理方法は、樹木の伐採、採取により利を図る目的で植栽する場合以外は一般的な管理方法である。そして通常は右のような管理方法で足りるものである。

五1  同五項の事実は否認する。

2  被告所有地上の樹木が倒壊した事故は昭和五三年一月であり、原告主張の昭和五六年ではない。

本件建物は、昭和二五年ころの戦後間もない資材の不足していた時代に建築されたもので、建築材料等の素材も比較的耐久性のとぼしいものが使用されており、相当老朽化している。したがって、原告が、本件建物を修理したとしても、それは老朽化したことによるものであって、本件傾斜地の崩落等によるものではない。

3  被告が、被告所有地を取得して以来、被告は、原告の通報により、年に数回、崩落した土砂を搬出しており、原告が土砂の除去費用を支出したとのことはありえない。

六  同六項の事実は否認する。

(抗弁)

一  原告所有地及び被告所有地は、共にもとは富田熊作が所有していたが、昭和二八年五月一四日相続により、富田健治がその所有権を承継し、次いで昭和五二年三月二三日富田健治が死亡し、相続により、原告所有地は富田一作外四名が、又被告所有地は富田重夫がその所有権を承継したものである。

又本件建物は、松田利和が、富田熊作から原告所有地を賃借した昭和二五年ころに建築し、昭和三一年一〇月一二日坂本活男が右松田から買い受け、次いで昭和三六年一〇月一五日原告が右坂本から買い受けたものである。

二  昭和二五年以前は、原告所有地と被告所有地とは被告所有地の裾野部分において比較的なだらかな勾配をもって接していた。ところが、昭和二五年ころ、松田は、原告所有地に本件建物を建築するに際し、その敷地を広げるため、右裾野部分を削り取り、その後、本件建物の所有地が、原告所有地を削り取った結果、本件傾斜地が急勾配となったものである。

三  したがって仮に本件傾斜地が崩落の危険があるとしても、それは、隣接する原告所有地上の本件建物の所有者が本件傾斜地を削り取った結果によるもので、自ら危険への接近を図ったものである。

したがって、隣接者である原告の損害賠償の請求は、信義則に反し、又は権利の濫用であって許されない。

(抗弁に対する原告の答弁)

抗弁事実及びその主張は争う。

第三 証拠<省略>

理由

一  <証拠>によれば、

1  原告所有地は、もと富田熊作の所有であったが、昭和二八年五月相続により富田健治が次いで昭和五二年三月相続により富田一作外三名が順次所有権を承継し、昭和五四年九月原告が買い受けてその所有権を取得したこと、又本件建物は、木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建の店舗兼居宅、一階三四・七一平方メートル、二階二六・四四平方メートルの建物であること、そして本件建物は、原告所有地の賃借人であった松田利和が建築し、昭和三一年ころ、坂本活男が買い受け、次いで昭和三八年一〇月原告が買い受けたものであること、原告は、昭和三二年ころから本件建物で居住していること、

2  被告所有地は、もと富田熊作の所有であったが、昭和二八年五月相続により富田健治が、次いで昭和五二年三月相続により富田重夫が順次所有権を承継し、昭和五二年九月一日被告が富田重夫から寄付を受けて所有権を取得したことが認められ、右認定に反する原告本人の供述部分は前掲各証拠に照らしてたやすく採用しえず右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  請求原因二項の事実は当事者間で争いがない。

<証拠>によれば、本件傾斜地を含む附近一体は、かなり古くに、山地の西側裾部が切り取られたもので、その勾配が四〇ないし五〇度前後の場所からほぼ直立した場所まであり急斜面となっていること、本件傾斜地の切り取られた崖部分は、勾配が四〇ないし五〇度の急斜面となっており、その上部においては、滑落崖(崩壊前縁部)化していること、右崖部分の高さは、五ないし六メートルあること、崖の上部は勾配が二二ないし二三度、斜面長四〇ないし五〇メートルの単傾斜の自然斜面となっていること、本件建物は、右崖から、三〇ないし四〇センチメートル離れて建築されていることが認められる。

三1  請求原因三項1の事実は当事者間で争いがなく、<証拠>によれば、右砕石が採集された場所は、原告所有地から建物二軒へだてた南側であることが認められる。

2(一)  <証拠>によれば、昭和四九年三月五日ころ、右砕石が採集された場所で崖崩れが起り、崩れた土砂が宅地をこえて旧県道まで流出したことが認められる。

(二)  原告は、昭和五六年一月三日に本件傾斜地が崩落し、岩石や倒壊した松の大木が本件建物の二階屋根などを直撃し、本件建物が損傷した旨主張し、原告本人は右主張にそった供述をし、又<証拠>にも右主張にそう記載がある。しかし一方、原告本人は、右災害は、前示昭和四九年の災害後三年程経った正月三日であるとの趣旨の供述もしており、<証拠>によれば、株式会社応用地学研究所が昭和五五年一月から同年三月にかけて、災害危険区域を指定する基礎資料としての地質、地形、現況等の調査を行った際には、本件傾斜地を含む附近一体の斜面の樹木はすべて伐採されてしまっていたことが認められ、したがって昭和五六年に、本件傾斜地において松の大木が倒壊する災害が発生したとは認め難くさらに証人上田政夫の証言に照らして前掲原告の主張にそう原告本人の供述部分及び甲第一三号の記載内容はたやすく信用しえず他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。かえって<証拠>によれば、昭和五三年一月三日ころ、本件傾斜地で崩落が起り、松の大木が倒壊して本件建物の二階屋根に落下し、右屋根のトタン板(亜鉛メッキ鋼板)二、三枚が損傷したこと、そのため、被告は、以後の立木の倒壊による被害を防止するため、同年五月から同年六月にかけて、本件傾斜地を含む附近一体の傾斜地上の立木をすべて伐採したことが認められる。

(三)  <証拠>によれば、本件傾斜地の地質は、頁岩を主体とした古生層であるが、崖部分は風化によって岩盤が劣化し、昭和四九年ころから、断続的に一片数センチメートルから一〇センチメートル程度の板状の岩石が崩れ落ち、又細片化した岩石の落下が続いており、落下した岩石や土砂が崖部と、本件建物の間に堆積することが認められる。

四1  原告は、本件傾斜地は土地の工作物である旨主張するが、二項判示のとおり、本件傾斜地は、山地とその裾部を切り取った崖部分とからなっているにすぎず、これをもって土地の工作物あるいはそれに準ずるものとは解しえない。又原告は、竹木の栽植又は支持に瑕疵があった旨あるいはそれに準ずるものである旨主張するが、<証拠>によれば、本件傾斜地の内前示崖部の上のなだらかな部分に樹木が生育していることが認められるが、その状態は明らかでなく、竹木の栽植又は支持に瑕疵があったと認めるに足る証拠はない。

2(一)(1) 本件傾斜地と原告所有地及び本件建物との位置関係、本件傾斜地の状況は、前二項判示のとおりであり、又本件傾斜地あるいはその附近で崖崩れが起り、又岩石等の落下が続いていることは前項判示のとおりである。

右事実に<証拠>を総合すれば、本件傾斜地は、頁岩を主体とした古生層であり、層理面に沿った節理が発達し、崖部では、逐時地表にさらされた岩盤が風化により劣化し、表面侵蝕的崩落が起り、その上部では滑落崖(崩壊前縁部)化し、上方へ伸展していっていること、しかし一度の崩落の規模はあまり大きくなく、崩落岩石は、細片した土石あるいは一辺数センチメートルないしは一〇センチメートル程度の板状塊であること、そのため崩落の危険性は大きいが、被害は家屋の部分的損傷が予想されることが認められる。

(2) <証拠>によれば、被告は、前示昭和四九年の崖崩れ直後、兵庫県知事にその状況を具申し、兵庫県副知事名下で昭和五〇年四月二三日付書面で、当時の被告所有地の所有者であった富田健治に対し、本件傾斜地を含む附近一体が崖崩れ等の危険が著しいための擁壁の設置その他の安全上適当な措置をとるよう勧告させ、又同時に原告に対しても同人と協力して安全上適当な措置をとるよう通知させたことが認められ、右事実に照らせば、原告(ママ)は、原告(ママ)所有地を取得した昭和五二年九月一日当時、本件傾斜地が崖崩れの危険の大きい個所であることを認識していたものと推認される。

(3) そうすれば、被告は、被告所有地を取得した昭和五二年九月一日以後被告所有地の所有者として、本件傾斜地の崩落によって、原告所有地、本件建物や本件建物に居住する原告らの生命、身体、財産等に被害を与えないよう、擁壁の設置その他安全上適当な措置をとるべき法律上の義務があるものと解される。

しかし、<証拠>によれば、被告は、昭和五八年ころに、本件傾斜地に落石防止用の金網を張ったことが認められ又前示のとおり昭和五三年に本件傾斜地に生育する立木を伐採したが、それ以上の措置がなされた事実は認められない。そして前掲甲第一号証の二、三項2(三)認定の事実を総合すれば、本件傾斜地の地質が頁岩を主体としたものであり、細片化して崩落することが多く、細片化した土石の崩落に対しては、金網の効果は少ないことが認められる。

(4) 以上によれば、本件傾斜地の所有者である被告は、本件傾斜地の崩落によって原告が被った損害を賠償すべき義務があるものといわねばならない。

(二)(1) <証拠>によれば、被告の具申に基づき、昭和五四年ころから、兵庫県が災害区域指定のため、本件傾斜地付近の調査をなくし、又被告によって地元説明会などが開催されたが、地元民の賛成がえられず災害区域の指定がなされなかったことが認められる。

右被告の行為は、地方自治体として、行政上の見地からなされたものであり、かつそれによって本件傾斜地の危険防止について何らの処置もとられなかったのであるから、被告は、右行為によって原告に対する不法行為責任を免れるものではない。

(2) <証拠>によれば、昭和五九年一〇月ころ、原告らは、被告を相手方として、大阪簡易裁判所へ、本件傾斜地付近の危険防止の処置などを求めて調停の申立をしたこと、右調停手続において、被告は本件傾斜地と本件建物との間に地中埋込式のH型鋼を建て、それらを結合するコンクリート擁壁及び排水口を設置する旨の案を提示したこと、これに対し、原告は、右擁壁の中心から山側へGLにおいて巾二メートルの間隔が生ずるよう岩盤を切り取ること、工事中の補償として金三〇〇万円、過去の損害金の一部として金五〇〇万円を支払うことを求め、結局右調停は不成立となったことが認められる。

しかし右調停手続以前において、被告が原告に対し、本件傾斜地の崩落による危険防止のための処置について何らかの提案を行ったとの事実は認められない。又右被告の案が右危険防止のために充分なものかも明らかでなく、右調停の不成立によって被告において防災工事がなしえなかったとしても、それが原告の不合理な要求によるものとも認め難い。

(3) 被告は「危険への接近」との主張をするが、原告が本件傾斜地を削り取ったとの事実は認められず、原告が危険への接近を図ったものとはいえず、右主張は失当である。

五  そこで原告の被った損害額につき判断する。

1  原告は、昭和五六年一月三日に発生した本件建物の二階屋根に倒壊した松の大木が直撃するなどの災害により合計金六八一万三〇〇〇円の損害を被った旨主張するが、右主張の日に右主張のような災害が発生した事実が認められないことは前示のとおりであり、したがって右災害によって右主張のような損害が発生したとは認められない。

なお右原告主張の態様の災害が昭和五三年一月三日ころに発生したことは前示のとおりであるが、右による財産的損害額を認めるに足る証拠はない。

2  <証拠>によれば、昭和五七年一二月ころ、本件傾斜地から落下した岩石が、原告所有地に駐車してあった原告所有の自動車右前部に当り、右自動車のフェンダー部分が損傷したこと、右損傷による修理費は金一二万円であることが認められる。ところで原告は、右自動車の損傷による損害額は、金八二万六〇〇〇円である旨主張するところ、右各証拠によれば、原告は、昭和五八年四月ころ、右自動車を下取りにして新車を購入したが、右新車の価格と下取車の価格との差額が金八二万六〇〇〇円であったことから、右差額を代金の一部として支払ったことが認められる。しかし前記損傷が新車を購入しなければならない程のものであったとは認められないから、右原告の主張の金額が前記損傷による損害額とは認められず、他に右自動車の損傷による損害額が金八二万六〇〇〇円であるとの事実を認めるに足る証拠はない。

3  原告は、昭和五六年一月から昭和六一年末日までの間に原告所有地上に堆積した岩石や土砂の除去費として金四八万を要した旨主張する。

本件傾斜地から、継続的に一片数センチメートルから一〇センチメートル程度の板状の岩石や細片化した土石が落下し、それが原告所有地に堆積することは前示のとおりである。

そのため右岩石などを除去しなければならないところ、<証拠>によれば、右岩石などの除去費として一年間に金四万五〇〇〇円を要することが認められる。ところで<証拠>によれば、遅くとも昭和五八年からは、被告の職員が右岩石などの除去を行っており、それ以降原告が右除去費用を支出していないことが認められる。

そうすれば、原告主張の期間中のうち、原告が岩石などの除去費を支出したのは二年間であり、したがってその額は金九万円となる。

4  原告は、原告が被った損害を賄うために金融機関などから金銭を借り入れ、その利息として金九五〇万四〇〇〇円を支払った旨主張するところ、仮に右主張事実が存するとしても、右は、本来の損害額に対する遅延損害金によって補われる性質のものであり、本件の不法行為とは相当因果関係を有するものではない。

5  前示、本件傾斜地の崩落の事実、崩落の危険性及びその程度、被告が被告所有地を取得した時期など諸般の事情を考慮すれば、本件の不法行為に基づく、被告が被告所有地を取得した後昭和六一年八月末日までの間の慰藉料の額は金一〇〇万円をもって相当する。

なお原告は、被告が訴外富田某の原告に対する不法行為に基づく損害賠償債務を承継した旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、被告が被告所有地を取得する以前の事由による損害を賠償すべきものとは解しえない。

6  又原告は、本件訴の提起の準備のための出張旅費として金五万円を要した旨主張するが、その具体的な行為が明らかでなくてその費用の額もこれを認めるに足る証拠はない。

六  前示被告所有の本件傾斜地と原告所有地及び原告所有の本件建物の位置関係、本件傾斜地の崩落の危険性に照らせば、原告は、右各物件の所有権に基づき、被告に対し、擁壁の設置など本件傾斜地の崩落を防ぐための処置を取るべきことを請求しうるものと解される。ところで原告が被告に求めうる処置は、必要以上に過大なものではなく、崩落防止のための必要最少限度の処置に限られるものと解するところ、原告主張崩落防止のための工事が右限度のものであるとの証拠はなく、右限度のものとして如何なる設備あるいは工事をなすべきかは本件全証拠によっても明らかでない。

七  以上によれば、原告の本訴請求は、不法行為による損害賠償として、金一二一万円及び財産的損害金二一万円に対する不法行為後である昭和五九年一〇月四日から、精神的損害である金一〇〇万円に対する同じく昭和六二年一二月五日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺崎次郎)

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